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大名たちの参勤交代

電師です。

昨日は、中村静夫氏(中村地図研究所主宰)が講師を務める
参勤交代についてのお話を聴くことができました。

参勤交代は、
世界の歴史上でも日本だけのユニークな制度で、
江戸幕府が約270年続いた下支えになっていたといわれています。

今回のお話で、そうだったのか!参勤交代・・・・・・、
をメモしましたので、ぜひ豆知識に。

・約半数の大名が東海道を利用していた。

・参勤交代は1年ごとに江戸と自領を行き来(妻子は人質として江戸に常駐)しないといけないが、遠国の対馬や松前は周期が緩やかだった。

・幼少の藩主は江戸に居続けてもよかった。

・江戸の上屋敷が隣同士の大名でも参勤交代の日程が互い違いにされていたので、江戸でめったに顔を合わせることはなかった。
大名同士で密談させないように幕府がそうしたとも。

・幕府の公職に勤める大名などは江戸に定住していた。(約22名ほど)
「定府(じょうふ)」と呼ばれます。
約1万~3万石の大名のなかにも、おそらく経費削減のため、幕府に許可をもらって「定府」となった大名もいました。
でも外様大名にはさじかげんがきつかったそうです。

・大名でない吉川氏(岩国城主6万石・毛利氏の家臣)も、幕府から諸侯の扱いを受けていたので参勤交代していた。

・船で参勤交代していた藩もある。宿代はうくが、行程は不安定。

などです。

参勤交代にいろいろ興味がわいてきましたら
ぜひじっくり調べてみてください!

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石垣