すぎたとおるのレキシよもやま話

第17回 黒田家の政権交代 その1

国民の期待を一身に受けて政権交代に成功した民主党だが、その後はおせじにもうまくいっているとは言えず、首相も三年で三人目を数える。
ことほど左様に政権交代は難しい。

黒田如水といえば、「秀吉に恐れられた男」として有名である。
また、謀略のためなら自分の息子をも犠牲にする冷酷さをも備えていた。


如水居士画像(崇福寺蔵)

関ヶ原の戦いのとき、この戦いが長期戦になると踏んだ如水は、息子の長政を東軍につかせると同時に、自らは九州各地に軍を進め、領土を増やそうとした。
しかし関ヶ原がわずか一日で決着したため、如水の思惑は外れる。
長政の勇猛果敢な活躍が、関ヶ原の早期決着に寄与してしまったのは、皮肉というほかない。

家康から加増を受け、意気揚々と帰ってきた長政を迎えた如水はことのほか不機嫌であった。
長政「家康公はことほど喜び、私の右手を取って感謝され……」
如水「その時お前の左手は何をしていた」
なぜ左手で家康を刺さなかった、と責めたのである。
そんなことをしたら、仮に家康を討ち取れたとしても、長政の命は確実にない。
何という父親だ。


黒田長政像(福岡市博物館所蔵)

しかしながらこの如水、長政への政権交代に際し、意外なほどの心遣いを見せている。

晩年の如水は、短気になり、つまらないことで家臣を叱責したりしたので、家臣からの評判が悪かった。
父の評判を気にした息子の長政がこれを諫めようとすると、如水は長政を枕元に呼び寄せた。
如水「ばか、これはみんな、お前のためにやっておるのだ。
よいか、わしが名君のままこの世を去れば、家臣の者どもはいつまでもわしを懐かしみ、お前の言うことをなかなか聞かないであろう。しかしこのようにして家臣から嫌われておけば、みな早くお前に跡を継いでもらいたいと思うようになり、 お前の政治もうまくいくというものだ」
「政権交代には下準備が肝心だ」
ということを今に伝える如水の言葉である。

ひるがえって昨今の政権交代を見るに、民主党は政権を奪取することに手一杯で、政権を取った後の準備があまりにも足りなかったのではないだろうか。

さて、下野した自民党だが、こちらも虎視眈々と再度の政権交代を狙っているはずだ。
こちらは政権奪取後の準備は果たして万端だろうか。

順調にいった如水から長政への政権交代であったが、長政から息子忠之への政権交代はうまくいかず、黒田騒動を引き起こしている。

いつの時代も政権交代は難しい。

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すぎたとおる

一九七〇年十一月四日生まれ。

東邦大学理学部生物学科卒。

漫画原作者として、「コミック版日本の歴史シリーズ」(ポプラ社)、小説家として「愛の武将 直江兼続」(雷鳥社)、歴史作家として「武田信玄と二十四将」(リイド社)などの著作がある。

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石垣