すぎたとおるのレキシよもやま話

第16回 世界を征服した馬の話

あまり知られていないが、草食動物は一般に、肉食動物よりも気が荒い。
たとえばシマウマ。
アフリカでは何度もシマウマの家畜化が試みられたが、 噛み癖をどうしても修正することができず、その試みは放棄された。
その後の騎馬民族の隆盛を見るに、もし馬とシマウマの性質が逆だったら、世界は アフリカの騎馬軍団に征服され、黒人が白人を奴隷にしていたかもしれない。
今回はそんな、馬と人間の歴史の話である。

人類が馬を家畜化することに成功したのは、紀元前4000年から3000年ごろの間のことと考えられている。
馬は人間に移動力と労働力を提供したが、裸馬に乗るのには訓練が必要であり、その利用はまだ限定的なものであった。

馬が人間にとって欠かせない存在となるには、紀元前3500年ごろとされる、車輪の発明を待つこととなる。
車輪はすぐに馬と組み合わされ、馬車が生まれた。
そして馬車が戦車に進化するのに、さほどの時間はかからなかった。
戦車はその機動力で、戦場を席捲する。

カデシュの戦い(紀元前1274)で戦車に乗るラムセス2世
(アブ・シンベル神殿の壁画より)

一方遊牧民は、馬を戦車として利用するのではなく、騎乗して矢を射るために用いた。
裸馬での騎射は、馬と共に育った遊牧民にしかできない特殊技能であったが、やがて鐙と鞍が発明され、馬上で矢を射たり、槍を振り回したりすることが容易となる。
遊牧民はその優れた騎乗戦闘スキルで、しばしば定住民を脅かすようになった。
その最大のものが、チンギス=ハンによる大帝国建設である。

蒙古襲来絵詞(宮内庁所蔵)

その後も馬は戦場の主役であり続け、ヨーロッパでは騎兵による突撃(ランスチャージ)が歩兵を蹴散らし、日本では騎乗した武将と徒歩の従者によるユニットが戦闘の単位となった。

やがて銃の発明が、馬を戦場の主役から脇役に変える。
しかし馬は、その存在を知らなかった新大陸でその威力を発揮した。
「騎乗」という概念を知らなかった新大陸の民にとって、「馬と人が一体化した化物が火を噴く棒で攻撃してくる」という戦法はパニックをもたらし、同時に白人が伝染病を持ち込んだこともあって、アステカをはじめとする多くの文明が滅亡した。

しかし、鉄道、自動車、そして機関銃と戦車の登場が馬の時代を終わらせる。
最期の騎馬突撃は、第二次世界大戦、ポーランド軍騎兵によるナチス・ ドイツ戦車隊に対するものであった。

今回は人間と馬との歴史を、主に軍事的な観点から追ってみた。
しかし馬は軍事のみに用いられていたのではなく、通信、運搬、農耕……人と馬との関係は複雑で深く、長い。

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すぎたとおる

一九七〇年十一月四日生まれ。
東邦大学理学部生物学科卒。
漫画原作者として、「コミック版日本の歴史シリーズ」(ポプラ社)、小説家として「愛の武将 直江兼続」(雷鳥社)、歴史作家として「武田信玄と二十四将」(リイド社)などの著作がある。

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石垣