すぎたとおるのレキシよもやま話

第15回 江戸のジョブズ+ウォズニアック=平賀源内

10月5日、アップルのスティーブ・ジョブズが亡くなった。
56才であった。
新製品「iPhone4S」の発表翌日のことであった。

日本からはジョブスのような人物は出ないといわれる。
だが、歴史を見れば決してそんなことはない。
たとえば江戸時代の人物、平賀源内だ。

木村黙老による平賀源内肖像画(戯作者考補遺所載)

平賀源内が何者かというのを説明するのは難しい。
彼はジョブスのように優れたプロデューサーであり、同時に(ジョブスのアップル企業時のパートナーであった)スティーブ・ウォズニアックのような発明家であった。
それだけでなく、科学者であり、芸術家であり、作家であり、医師でもあった。

源内の最初の発明は、「お神酒天神」と呼ばれる、お酒を捧げると天神様の顔が赤い色に変わるという掛け軸であった。
これで評判を取った源内は、 やがて讃岐藩主の元で自由に研究することを許された。
しかし長崎に遊学し、広い世界を知った源内は讃岐藩を飛び出してしまう。

江戸に出た源内は物産博覧会(諸国の物産の展示会)をたびたび開催し、杉田玄白ら諸国の学者たちと交流を深めていく。

当時の流行は蘭学であったが、源内は洋書が読めなかった。
ではどうしたかというと、洋書が読める人間を雇って翻訳させていたのだ。
このあたり、 「他の人ができることを俺がやらなくてもいいだろう」という思想が見え隠れして、ジョブズっぽい。

やがて源内は幕府の実力者であった田沼意次とも関わりを持つ。
鉱山の開発をはじめとするさまざまな事業に手を出したが、ことごとく失敗。
うまくいったのは、戯作くらいであった。
ジョブズもiPodで成功を収めるまでは、アップル社からの追放をはじめ、さまざまな苦難を嘗め、多くの失敗を 繰り返してきた。
このあたりもジョブズと似ている。

源内の業績で最も知られているものといえば、やはり「えれきてる」であろう。
現代から見れば、静電気を発するだけのちょっとしたおもちゃに過ぎないが、電気という概念を人々に知らしめたという意味では重要な発明であった。
もっともえれきてるは源内の創作ではなく、壊れたえれきてるを手に入れた源内が(設計図もなしに!)修復し、完成させたものである。
このへんはウォズニアック的。

源内の最期は、ジョブズと違って寂しいものであった。
誤って人を殺した源内は投獄され、そのまま獄死する。
遺体はどこにいったかわからず、杉田玄白は遺体のないまま墓と記念碑を作った。

ある意味ジョブズ以上の才能の持ち主であった平賀源内を、日本は活かしきれなかった。
次なる日本のジョブズが、日本社会に押しつぶされないことを祈る。

大人の科学マガジン Vol.22(平賀源内のエレキテル) (Gakken Mook)
/大人の科学マガジン編集部

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すぎたとおる

一九七〇年十一月四日生まれ。
東邦大学理学部生物学科卒。
漫画原作者として、「コミック版日本の歴史シリーズ」(ポプラ社)、小説家として「愛の武将 直江兼続」(雷鳥社)、歴史作家として「武田信玄と二十四将」(リイド社)などの著作がある。

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石垣