すぎたとおるのレキシよもやま話

第11回 一神教の歴史

「文明の対決」として捉えられることの多いキリスト教とイスラム教。
ところがこの二つ、じつはともに同じ神を崇める宗教なのである。

まずはこの二つの宗教の源流から探ってみよう。

古代、宗教と言いえば多神教であった。
人は自然のあらゆる物に神性を見出し、神の名をつけて崇めた。
それは古代エジプトでも同様であった。

古代エジプトにも王はいたが、実権を握っていたのは宗教を司る神官たちであった。
この体制をひっくり返そうとしたのがアクエンアテン王。
彼は本来王室の個人的な神であったアテン神を唯一神として定め、他の神への崇拝を禁止した。

しかしこの改革は、アクエンアテンの死後すぐにひっくり返され、エジプトは従来通りの多神教の国に戻る。
しかしこの「唯一神」という概念を受け継いだ者がいた。
その名はモーセ。
ユダヤ教の事実上の創始者である。

「モーセの十戒」レンブラントの絵画

モーセ伝説によれば、生後まもなく葦の船に乗せて川に流されたモーセは、ファラオの王女に拾われ、育てられた。
この王女が誰なのかは定かではないが、アクエンアテンの娘であったとすればつじつまは合う。
モーセは養母から
「一神教」のアイデアを引き継いだのである。

ユダヤ人の民族指導者となったモーセは、ユダヤ人をエジプトからパレスチナの地へ導くとともに、その宗教をユダヤ教で統一した。

それからユダヤ人は紆余曲折の歴史をたどるのであるが、紀元1世紀頃のユダヤは、ローマ帝国の支配下にあった。
ローマからの独立運動が盛んな中で、ユダヤ教には多数の改革者が生まれる。
その一人がイエス・キリストであった。

キリストはユダヤ人のためだけの宗教としてのユダヤ教を否定し、「神は全ての民を愛する」とし、キリスト教が世界宗教となる下地を作った。
この路線は改革者パウロによって継承され、キリスト教はローマ帝国の国教となることで世界宗教への道を歩む。

そして7世紀、ムハンマドは神からの啓示を受ける。
ユダヤ教もキリスト教も神の教えを誤って受け取っているので、正しい教えを広めよというのである。

マッカを巡礼するムハンマド一行

このような流れがあるので、キリストやモーセは、イスラム教でも有力な預言者として敬意を払われている(キリストが神の子であることは当然否定 されている)。
また、ユダヤ教徒やキリスト教徒は同じ「啓典の民」として、異教徒とは違う扱いを受けた。

現在はイスラム教徒によるキリスト教徒への憎しみがクローズアップされがちだが、歴史的に見ればキリスト教徒のイスラム教徒に対する憎しみの方が激しかった。
何度にもわたる十字軍がそれを物語っている。

イスラム教とキリスト教の(そしてユダヤ教の)対立と融和の歴史は、また別の機会に。

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すぎたとおる

一九七〇年十一月四日生まれ。
東邦大学理学部生物学科卒。
漫画原作者として、「コミック版日本の歴史シリーズ」(ポプラ社)、小説家として「愛の武将 直江兼続」(雷鳥社)、歴史作家として「武田信玄と二十四将」(リイド社)などの著作がある。

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石垣