すぎたとおるのレキシよもやま話

第3回 安政の大地震と幻の大地震

まずは東北関東大震災の被災者の方々にお見舞い申し上げます。

さて、日本は地震大国。
今回のマグニチュード9.0は観測史上最大級ではあるが、これに匹敵するような大地震は歴史上幾度となく日本を襲ってい る。

日本史上で有名な大地震といえば、まずは安政の大地震。
幕末の安政二(1855)年10月2日、関東地方南部を襲った大地震である。

震源は東京湾北部・荒川河口付近と見られ、被災範囲は江戸を中心とした比較的狭い地域に限られたものの、江戸は大被害に見舞われた。
特に被害が 集中したのは、埋め立てから年月の短い下町地区や、日比谷から西の丸下、大手町といった谷地を埋め立てた地域であった。
死者4300人、倒壊家屋約一万戸。

この地震では小石川の水戸藩邸が倒壊し、水戸の徳川斉昭の腹心であり、西郷隆盛ら幕末の志士たちとも親しく、その思想的な支柱となっていた戸田忠太郎、藤田東湖の両名が死亡。
幕末史に与えた影響も大きい地震であった。

この地震の直後、奇妙な絵が流行した。
「鯰絵」である。
大鯰が地下で活動して地震を起こしていると考えていた当時の民衆は、地下で大鯰が暴れるさまや、大鯰を庶民や英雄が懲らしめる図を描いて憂さを晴らしたのである。
安政大地震の際に描かれた鯰絵は250種を数える。

安政江戸地震直後に描かれた『江戸鯰と信州鯰(仮)』(東京大学地震研究所蔵)

『万歳楽鯰の後悔』(東京大学総合図書館蔵)

この鯰絵に多く出演していたのが、武甕槌大神(タケミカヅチ)という神様。

この神様を祀る茨城県鹿嶋市の鹿島神宮には要石と呼ばれる、大部分が 地底に埋まった巨石があり、その石が大鯰の頭を押さえているというのである。
ちなみに尾は千葉県の香取神宮の要石が押さえている。

この地震に雄々しく立ち向かったのが佐久間象山。
彼はなんと「地震予知機」を発明した。
「地震の前触れとして磁力が弱くなる」説をもとに作られており、磁石の先端に付いた火薬が落ちると大地震が来るとされているが、もちろん科学的根拠は皆無である。

一方、「幻の大地震」となってしまったのが昭和十九(1944)年12月7日の昭和東南海地震。
三重、愛知、静岡を中心に1223名の死者・行方不明者を出した大地震でありながら、「戦時中に士気を下げるような報道はよくない」ということでほとんど報道されず、被災者と関係者以外には知 るものも少ない。
国内向けの隠蔽は成功したが、海外には地震計等でこの地震のことは知られており、大々的に報道されてしまった。

しかしこの昭和東南海地震でもマグニチュードは7.9。
今回のマグニチュード9.0はまさに想定外の大地震であり、対応が間に合わないのもやむを得ないかもしれない。

亡くなられた方にお悔やみを申し上げますと共に、被災者の方が一日でも早く通常の生活に戻られますようお祈り申し上げます。

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すぎたとおる

一九七〇年十一月四日生まれ。
東邦大学理学部生物学科卒。
漫画原作者として、「コミック版日本の歴史シリーズ」(ポプラ社)、小説家として「愛の武将 直江兼続」(雷鳥社)、歴史作家として「武田信玄と二十四将」(リイド社)などの著作がある。

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石垣