ブログ

亀戸七福神めぐり(2)

電師です。

前回の更新からだいぶ空いてしまいましたが、
亀戸七福神めぐりの続きです。

1月8日にめぐったものの、
なんとも時期はずれになっちゃってます。

それでも、記憶をたどりながら最後までめぐるのです。

というわけで、1番目の寿老人〔常光寺〕の次は、
弁財天〔東覚寺〕を目指しました。

弁財天(べんざいてん)は、もとはインドの河川の女神です。
愛敬をしめし、音楽・弁舌・財福・智慧を司ります。
琵琶を弾く天女の姿をしている、七福神の紅一点です。

東覚寺へと向かいますが、
途中、亀戸石神井神社にも寄りました。

とても小さな敷地の神社なのですが、
しゃもじが奉納されていて、ちょっとおもしろいです。

この亀戸石神井神社は、
通称「おしゃもじ稲荷」とも呼ばれています。
「石神(しゃくじん)」が「しゃくし」となり、
「飯杓子(しゃもじ)」を奉納することとなったそうです。

また、御神体が石器時代の石棒で、
石棒を「石神(せきしん)」とよぶこともあって、
「石(せき)」が「咳」と同音であることから「咳の病を治す神」として信仰されています。

しゃもじがいくつか奉納されているのは、
神社からしゃもじを1本借りて御神体として自宅で拝み、
咳の病が治ったら借りてきたしゃもじと新しいしゃもじの2本を
お礼にお返しするからだそうです。

律儀でいいですね。

もし咳で悩んだときは、
私も一度しゃもじをお借りしてみたいです。

ちゃんと2本にしてお返しします。
百均のしゃもじでも大丈夫かな・・・。

亀戸石神井神社をちょこっと拝観したあと、
東覚寺(とうがくじ)に着きました。

東覚寺は、戦国時代の中頃に建立された古い寺らしく、
江戸時代には「盗難除けの亀戸不動」としてもご利益を謳われたそうです。

弁財天を祀っているだけに、
文化活動の支援に熱心で、
ジャズコンサートや講談、落語の会をお寺で催しているそうです。

そういうのって大事ですよね。

弁財天は、小さなお堂に祀られていて、
のぞきこむような感じで拝みました。

さてお次は、恵比寿神・大国神(大黒天)の〔香取神社〕です。

香取神社(かとりじんじゃ)には、
恵比寿と大黒天の2神が祀られています。

恵比寿(えびす)は、清廉な心をもつ商売繁盛の神様です。
古くは豊漁の神として信仰されていました。
烏帽子をかぶり、狩衣を着て、
右手に釣竿、左手に鯛を抱えています。

大黒天(だいこくてん)は、古代インドの破壊神・シヴァの化身ですが、
インドではマーハー(大きい)カーラー(黒)と呼ばれていたため、
日本では「大黒」と訳され、大国主命と混同して福徳の神様となりました。
大黒頭巾をかぶり、大きな袋を担ぎ、
右手に小槌、米俵を踏まえています。
食物の神として、寺院などの厨房にも祀られました。

香取神社に着くと、
境内に「亀戸大根之碑」がありました。

かなり目立つところにあります。

亀戸大根は、亀戸の江戸伝統野菜で、
日本一小さい大根らしいですが、いまでは幻となってしまっている大根です。

亀戸の割烹料理店などで食べることができて、
わたくしは「亀戸 升本 本店」でいただいたことがあります。
独特の辛味があっておいしかったですよ。

ここ香取神社ですが、
その草創は飛鳥時代までさかのぼり、
中臣鎌足がここを訪れたとき、中臣家の守護神であった香取大神を勧進し、
太刀をひとふりおさめて、旅の安泰を祈ったことが由来とされています。

また、平将門の乱(平安時代)のとき、
むかで退治で有名な俵藤太(藤原秀郷)が、
参詣して戦勝をおさめ、感謝して弓矢を奉納したそうです。

その矢は「勝矢」と命名されて、
この古事にちなむ「勝矢祭」がいまも守り伝えられています。

このような由来から、
香取神社はいまでは「スポーツ振興の神」として、
スポーツ選手、とくに武道関係者に高い人気があるそうです。
大会・試合の必勝祈願に多くの参拝者が訪れるとのこと。

本堂脇に恵比寿神と大国神の像がありました。
「水かけ恵比寿・大黒」で、
霊験あらたかな井戸の水で清めながら祈ります。

ではでは、
長くなりましたので、今回はこのへんで。

次は、毘沙門天の〔普門院〕を目指します。

それでは、また近々。

Facebookで「レキシ堂」を見る

石垣