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明治学院大学から高輪泉岳寺へ(2)

電師たいらです。

もうすぐ師走に突入。

NHK紅白歌合戦の出場者が正式に発表されましたね。

それはそれで、前回の続きです。

瑞聖寺を拝観したあと、
明治学院大学の白金キャンパスに到着しました。

休日とはいえ、
キャンパスライフをおくる学生さんたちがたくさんいらっしゃいます。

ミッション系の大学「明治学院大学」は、
幕末に来日したアメリカの宣教師・ヘボン博士が
横浜に英語塾を開いたのが始まりです。

ヘボン博士の弟子には、
大村益次郎、高橋是清などがいました。

ヘボン塾が多々あって明治学院となり、
明治20年に白金に移ってきたそうです。

この白金キャンパスでは、
重要文化財のインブリー館、赤レンガの記念館、
明治学院礼拝堂といった歴史的建造物を見ることができます。

ちなみに、
正門すぐ近くの桜田通りに架かる歩道橋からは、
レトロな西洋の雰囲気漂う校舎の風景が眺められます。

素敵ですよ。

明治学院大学は、
島崎藤村ゆかりの学舎でもあります。

赤レンガの記念館は、
藤村の在学中に建築された一つで、
神学部の教室兼図書館として建てられたそうです。

この建物は、
小説『桜の実の熟する時』の中でも登場し、
藤村はこの2階の図書館で過ごすのが好きだったといいます。

当時は、アメリカで流行していたネオゴシック様式の
赤煉瓦・瓦葺きの2階建てだったそうです。

現在は、明治27年の大地震で大破したため、
2階部分が木造に改造されております。


2階が木造で1階が煉瓦という構造は妙に独特です。

この日は記念館と礼拝堂で結婚式が挙げられていました。

同窓生や現・元教職員など関係者であれば挙げられるようですね。

幸あれ。

記念館の隣には、インブリー館が建っています。

国の重要文化財に指定されている西洋館で、
インブリー博士が長年住んだので『インブリー館』と呼ばれているそうです。

旧宣教師館として、
当時の洋風住宅の佇まいをとてもよく示す貴重な存在で、
その価値は全国でも1・2を争うとのこと。

この日は結婚式の送迎車が駐車していました。

明治学院大学のキャンパスにいまも残る、
明治時代に建てられた歴史的建造物。

島崎藤村は、
明治学院でじかに西洋文化にふれたことで、
のちのロマン主義詩人としての素地がつくられたのかもしれませんね。

藤村ですが、その人生にふれますと、
19歳で明治学院を卒業したあと、
恋愛至上主義を唱える北村透谷に強い衝撃を受けます。

文学への道に踏み出していくのですが、
波瀾万丈な日々も次々と訪れてくるのでした。

20歳で明治女学校教師となり、教え子と恋愛。

キりスト教を棄教し、辞職して関西漂白の旅へ。

帰京後、再び明治女学校教師に。

北村透谷らと「文学界」を創刊するが、北村透谷が自殺。

24歳で東北学院の教師として仙台に赴任。

その夜汽車のなかで、
「あゝ、自分のやうなものでも、どうかして生きたい」
と思ったらしいです。

荒れてますね。

さて、
島崎藤村とそのゆかりの学舎「明治学院大学」についてはこのへんで。

キャンパスを抜けたあとは、高輪方面へと向かいました。

続きはまた近々。

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石垣