すぎたとおるのレキシよもやま話

「アンネの日記」受難の歴史

レキシ堂コンシェル(http://rekishido.entacafe.net
に連載移行しました「レキシよもやま話」から、
毎月1回ほど、ピックアップしてお届け。

関東地方の各地の図書館や書店で、「アンネの日記」やその関連本が破られるという事件が続発し、被害を受けた本はすでに三百冊を超えるという。

「本を破る」という行為には、単なる器物破損以上の悪意がある。
それは、その本が伝えている事実や思想を否定しようという行為であるからだ。

秦の始皇帝は儒教の書物を焼き、アドルフ・ヒトラーは「退廃的」と決めつけた書籍を焼いた。
その後に作者たちへの迫害も伴ったことは明記しておくべきであろう。
今回の犯罪が、どのような思想や政治的意図に基づいたものなのか、組織的な物なのかあるいは個人の狂気に基づくものなのかはまだわからない。捜査が成果を見せるまで、憶測は避けておきたい。
ただ、「アンネの日記」の受難は、今回が初めてではないと言うことをお伝えするに止めておく。

ベルリンのアンネ・フランク・センターに展示されている『アンネの日記』

「アンネの日記」は、ナチス・ドイツによる迫害を受けたドイツ系ユダヤ少女アンネ・フランクが、一九四二年六月十二日から一九四四年八月一日まで記録した日記を、戦後生き残った関係者らが回収して編集、一九四七年に刊行されたものである。

「アンネの日記」は、迫害を受けるユダヤ人の様子を描いた優れたドキュメンタリーであるとともに、思春期の繊細な少女の成長を描いた優れた文学的作品として、たちまちベストセラーになった。

しかしその途端、「アンネの日記」は猛攻撃を受けた。

「これは戦後に書かれたフィクションであり、偽書である」というのである。

この意見は主に歴史修正主義者、特にホロコースト否定論者から出され、現在も根強く流布されている。
この説について検証してみよう。

まず、「アンネの日記」は、関係者による編集の過程を経ており、厳密な意味でのオリジナルでないことは疑いがない。
しかし「偽書説」の論者たちは、まず、アンネ・フランクの実在から疑ってかかる。
これはナチ・ハンターとして有名なサイモン・ヴィーゼンタールが一九六三年にアンネを捕らえた元ゲシュタポの男性を発見、彼の証言によって、アンネが実在し、強制収容所に送られたことが証明された。

その後も「偽書説」を唱える人物は跡を絶たたなかったが、歴史家チームはオリジナルの日記に科学的な検証を加え、偽書でなかったことを証明したのである。
現在は「アンネ・フランクは存在しなかった」はほとんど都市伝説のような扱いになっている。

歴史認識は、拠って立つ史料、その人の立場などによって影響を受けざるを得ず、誰もが認める正統の歴史など「存在しない」。
しかし、だからと言って「アンネの日記は偽書である」「ホロコーストはなかった」などという明確な虚偽に基づくプロパガンダには、異を唱え続けていかなくてはならない。

アンネ=フランク 講談社火の鳥伝記文庫(50)

すぎたとおる

一九七〇年十一月四日生まれ。
東邦大学理学部生物学科卒。
漫画原作者として、「コミック版日本の歴史シリーズ」(ポプラ社)
小説家として「愛の武将 直江兼続」(雷鳥社)
歴史作家として「武田信玄と二十四将」(リイド社)
などの著作がある。

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石垣