すぎたとおるのレキシよもやま話

大谷刑部吉継の最期(前編)

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に連載移行しました「レキシよもやま話」から、
毎月1回ほど、おすすめ記事をピックアップしてお届け。

2014年に発売されるPS3/PSVITA用ゲーム『戦国無双4』。
このゲームに新キャラクターとして真田信之と大谷吉継が登場する。
戦国ファンにはすでに人気の高い二人。
真田信之は真田幸村(信繁)の兄として一般的に知られているが、大谷吉継はあまり語られる機会が少ないようにも思う。

今回は大谷吉継とはいったいどのような人物だったのか、前後編に分けてご紹介したいと思う。

大谷吉継は豊臣政権の中では、親家康派であった。
家康と前田利家の仲が険悪になったときには、いち早く徳川邸に駆けつけ警護にあたっている。

家康が上杉景勝討伐の軍を起こすと、吉継はそれに加わるべく領国を発った。
途中、親友である石田三成が蟄居する佐和山城をたずねたのは、

「くれぐれも軽はずみな真似をしないように」

と三成に釘を刺すためであった。

だが、吉継を迎えた三成は、まさに吉継の恐れていた通りの企てを持ちかけてきた。

「上方で家康討伐の軍を起こし、上杉と我々で家康を挟み撃ちにする。刑部、そなたにも我が陣営に加わってもらいたい」

そのとき、吉継の脳裏をある思い出がよぎった。

まだ太閤秀吉が健在だったころ。
全国の大名を集めての茶会の席でのことである。

茶席で一つの茶碗を回し飲みするのは、「毒など入っていない」ことを示すための作法である。
だが業病に冒された吉継の口を付けた茶碗を受け取ることを、誰もがためらった。

その時進み出たのが三成である。

「わしはひどく喉が乾いておる。誰も飲まぬのならわしが飲み干してしまうぞ」

そして言葉どおりに、吉継から受け取った茶碗に口を付け、茶を飲み干して笑顔を浮かべたのである。
このとき吉継は、「この男のためなら死んでもよい」と思った。

しばし腕を組んで考え込んでいた吉継は、顔を上げると言った。

「治部、そなたには人望がない。そなたが起っても、ついてくる者は誰もおらぬだろう。それでもやるのか」

「やる。豊臣家を守るため、今家康を討たねばならぬのだ」

吉継はじっと三成の目を見つめ、深く息をして言った。

「総大将は毛利輝元どのにお願いしよう。各地の大名に声をかけるのは安国寺恵瓊がよかろう」

「刑部、それでは……」

「わしももうあとどのくらい生きられるかわからぬ身。最後の戦の相手が内大臣どの(家康)ならば、相手にとって不足はない」

家康は鷹狩りをしながら悠々と上杉征伐に向かっていた。
三成が挙兵するのを待っていたのである。

「治部めは人望がない。起ったところで集められる軍勢はたかがしれておる。挙兵させて踏みつぶせば、すべての憂いが一度に片付く」

鷹狩りをしながら家康はほくそ笑んで間者からの報告を聞いていた。

「そうか、治部めが起ったか。で、き奴めはどのくらいの兵を集めた?五千か?一万か?」

「そ、それが……」

「どうした?」

「およそ十万、にございます」

鷹が家康の小手に止まりそこねた。
家康の手がだらんと垂れ下がったからである。

「その中に……その中に刑部はおるか?」

「は」

「この家康、一生の不覚……治部が刑部を動かせば、刑部に動かされて多くの大名が動く……ぬかったわ!」

天下分け目の戦いがはじまろうとしていた。

大谷吉継(人物文庫)山元泰生

すぎたとおる一九七〇年十一月四日生まれ。
東邦大学理学部生物学科卒。
漫画原作者として、「コミック版日本の歴史シリーズ」(ポプラ社)
小説家として「愛の武将 直江兼続」(雷鳥社)
歴史作家として「武田信玄と二十四将」(リイド社)
などの著作がある。

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石垣