すぎたとおるのレキシよもやま話

片倉小十郎景綱伝

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に連載移行しました「レキシよもやま話」から、
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伊達政宗といえば、いわゆる戦国時代DQN(どきゅん)四天王のひとり「北の正宗」”まーくん”として親しまれ、ある意味ほほえましい多数のエピソードで知られている。
これを献身的にサポートする片倉小十郎景綱は、創作ではインテリの人格者として知られることが多いが、実態はどうだったのだろうか。
ちょっとシミュレートしてみよう。
(なお、ここでは”小十郎くん”のキャラクターを尊重し、あえて現代風な台詞回しにしたい)

片倉景綱(仙台市博物館所蔵)

小十郎の嫁が懐妊した。
初子である。
喜ぶ妻に向かって、小十郎は言い放った。

「男の子が生まれたら首をはねるから」

「……え?」

「だって政宗様に嫡子がまだ生まれてないのに、俺が先に嫡子作るわけにいかないだろ。女の子だったら普通に育てような」

この話を聞いた政宗がすっ飛んできて小十郎を説得、結局産まれたのは男の子だったが

「政宗様のご命令とあらば……」

と思いとどまり、男の子(のち「鬼の小十郎」と称される重長)は無事に育てられ、片倉家を継いだ。
この話でわかる通り、小十郎もどこかネジがぶっ飛んでいるのである。

こんな話もある。
秀吉政権下の大坂城で、福島正則が政宗・小十郎の主従とすれ違った。
福島正則は秀吉の子飼いの直臣。
かねてから外様の政宗などが大きな顔をしていることを快く思ってはいなかった。

「おお、そこを行くのは『鳥なき島の蝙蝠』じゃねえか」

『鳥なき島の蝙蝠』とは、かつて秀吉が長宗我部元親を評して言った言葉で、

「大した敵のいないところでは弱い奴が大きな顔をしている」

くらいの意味である。

これを聞いた小十郎、何か言い返そうとする政宗を抑え、

「ならば福島さまは『ちんちくりんのりんりん』にございますな」

「は?」

何を言われたのかわからず唖然としている正則の前を主従は涼しげな顔で通り過ぎた。
正則は何を言われたのか知りたくて、学者を総動員して調べたが、結局

『ちんちくりんのりんりん』

が何のことなのかわからなかった。

後日、政宗が小十郎に問い質した。

「あの『ちんちくりんのりんりん』って何だ?」

小十郎は涼しい顔で答えた。

「『ちんちくりん』は猿回しの猿、『りんりん』はその首に付いた鈴のことにございます」

猿といえばもちろん秀吉。
小十郎は天下の大坂城で、秀吉とその腹心を「猿とその腰巾着」とののしったのである。
意味が通じていれば、よくて正則との斬り合い、悪くすれば秀吉に切腹を命じられかねない。

やはりこの男、ネジが何本か飛んでいる。

ちなみにこの意味を知った政宗が大笑いしたか、青くなったかは残念ながら記録に残っていないのであった。

片倉小十郎景綱―伊達政宗を奥州の覇者にした補佐役

すぎたとおる一九七〇年十一月四日生まれ。
東邦大学理学部生物学科卒。
漫画原作者として、「コミック版日本の歴史シリーズ」(ポプラ社)
小説家として「愛の武将 直江兼続」(雷鳥社)
歴史作家として「武田信玄と二十四将」(リイド社)
などの著作がある。

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石垣