すぎたとおるのレキシよもやま話

不死身!上杉謙信

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に連載移行しました「レキシよもやま話」から、
毎月1回ほど、おすすめ記事をピックアップしてお届け。

トレーディングカードゲーム『戦国大戦』のブームが凄まじい。
最近ではスマートフォン向けの『戦国大戦S』の配信も決定し、さらなる盛り上がりを見せてくれそうだ。
今回は、まるでリアル『戦国大戦』のような高スペックを持っていた上杉謙信について語ってみたい。
上杉謙信といえば、毘沙門天の化身で軍神である。
指揮官としても当然有能だったが、個人の武勇としても、単騎で武田信玄の本陣を横断してのけるなど、比類なきスペックを発揮している。
今日は「上杉謙信がどのくらい不死身だったか」というエピソードを中心に語ってみたいと思う。

上杉謙信像(上杉神社蔵)

忍城(「のぼうの城」でおなじみ)の城主である成田氏は、上杉憲政が没落してから一貫して北条氏に仕えていた。
北条氏に仕えていたということは、当然上杉謙信に攻められる。
これは致し方ない。
ということで上杉謙信(この時点では長尾景虎)が攻めて来た。
謙信は例によって自分の目で忍城の守りを見て回る。
「うむ、なかなか堅固な城じゃわい。これはちと骨が折れそうじゃの」
とか言ってると、それを見とがめた城兵が銃弾を浴びせてきた。
もちろん城兵は相手が謙信とは知らない。
鉄砲十丁ばかりが火を噴くが、もちろん謙信なので当たらない。
悠然としている謙信。

「あ、あいつ、ただ者じゃねえ……」

そのとき、城内の知恵のある者が進み出て、

「ああいう奴に鉛弾は効かねえ。こいつを使いな」

と、黄金で作った弾丸を差し出した。

狼男と銀の銃弾の伝承が戦国日本に伝わっていたとは考えにくいのだが、金も魔除けの金属だし、「人間じゃない相手用」の弾丸として用意してあったのだろう。
このエピソードだけでも謙信がどれだけバケモノ扱いされていたのか窺い知れる。
城兵は用意してあった三発の金の弾丸を謙信に向かって撃ちかけたが、これもことごとく外れた。
観念した城兵は、

「あなたのような立派な大将を、我々のような雑兵が討ち取ってはもったいない!どうか早々にお帰りあれ!」

これを聞いた謙信は、ようやくその場を離れたという。
こやつ本当に人間なのだろうか…?
ちなみに謙信は小田原城攻めのときにも不死身伝説を披露している
小田原城を包囲した謙信(このときは長尾政虎)は、小田原城をじっと見つめると

「腹が減った」

と弁当を使い始めた。
城の面前で。

「ぬう、馬鹿にしおって」

と、北条の鉄砲隊が十丁、二度にわたり謙信を狙撃する。
しかし銃弾はわずかに謙信の鎧の袖を貫いたのみ。
謙信は悠々と茶を三杯喫してから立ち去ったという。

敵、味方からも「どうやったら死ぬんだ」

と思われていた謙信だが、もちろん死ぬときは死ぬ。
厠で脳溢血を起こしたのである。
銃弾では絶対に死ななかった謙信だが、酒の飲み過ぎと塩分の取り過ぎ(謙信は塩とか梅干しとかを肴に飲んでいた)が軍神の命を奪ったのである。

上杉謙信―信長も畏怖した戦国最強の義将

すぎたとおる

一九七〇年十一月四日生まれ。
東邦大学理学部生物学科卒。
漫画原作者として、「コミック版日本の歴史シリーズ」(ポプラ社)
小説家として「愛の武将 直江兼続」(雷鳥社)
歴史作家として「武田信玄と二十四将」(リイド社)
などの著作がある。

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石垣